はじめに
2006年10月、文部科学省「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」に大阪大学から「人道支援に対する地域研究からの国際協力と評価 ―被災社会との共生を実現する復興・開発をめざして―」(研究代表者:中村安秀)が採択されました。この研究推進事業は、2006年度から新設された5年間の研究事業です。06年度は、全国77機関から99課題の申請があり、6件の採択課題が選ばれました。
近年、人道支援活動の規模が大きくなると同時に、人道支援の質が日本と被災社会との関係性に大きく影響するようになりました。本研究では、自然災害および紛争に関する人道支援において、被災社会とどのような「協働」が行われたのかを検証し、NGOなどがもつ情報をデータベース化することにより、被災社会との「共生」を可能にする人道支援のあり方について具体的かつ実現可能な社会提言を行う予定です。
この研究班は、大阪大学大学院人間科学研究科、京都大学地域研究統合情報センター、地域研究コンソーシアム、ジャパン・プラットフォームによる学際研究プロジェクトです。40名以上の協力者のうち、NGO関係者、国連機関、メディアなど多彩なバックグランドをもつ人々が参加していることに、従来の大学の枠を超えた研究グループとしての特色があります。研究班の英語名は、COEXISTENCE(Collaboration and Evaluation in the XXIst Century: Area Studies and Humanitarian Assistance)。被災者のコミュニティのなかでの共生、被災者と援助者との共生、被災社会と国際社会の共生を視野に入れた研究に取り組んでいます。
種々の異なる背景を持つ研究者や実務家が、同じ行程をともに体験するという「呉越同舟」的な学際調査手法を人道支援の現場に応用した学際調査を、2007年に東ティモール、2008年にインドネシア・アチェで実施しました。また、数回にわたる「共生ワークショップ」などを継続的に開催し、NGO関係者、国連機関、地域研究者、国際協力研究者とのネットワークを広げてきました。
まだまだ試行錯誤の途上ですので、このホームページをご笑覧いただき、忌憚ないご意見やご批判をいただけると幸甚です。
中村安秀
大阪大学大学院人間科学研究科国際協力学
(連絡先)〒565-0871 大阪府吹田市山田丘1-2
TEL & FAX:06-6879-8064
E-mail:relief@hus.osaka-u.ac.jp
共生人道支援とは?
背景
近年、大規模な武力紛争や自然災害が多発し、世界各地で難民が発生しています。このような状況に対し、日本の人道支援が果たす役割と規模は、急速に増大してきました。例えば、NGO(非政府組織) 26団体が加盟しているジャパン・プラットフォーム(JPF)は、2000年の設立以来、イラン地震、スマトラ沖地震津波、パキスタン地震、アフガニスタン復興、スーダン復興、イラク復興、ザンビア旱魃、ペルー地震、バングラデシュ水害、南部アフリカ旱魃などに際し、のべ80団体に対し、金額にして50億円以上の支援を行ってきました。イラン・バム地震の事後調査においては、いち早く被災地に入り、人びとのニーズにきめ細やかに対応した日本のNGOに対し、イラン人スタッフや支援を受けた人びとが、共感と連帯の気持ちを表していました。
これらの経験は、人道支援の規模が大きくなると同時に、その内容が日本と被災社会の関係性に大きく影響することを示唆しています。「共生人道支援」研究プロジェクトでは、地域研究者、国際協力研究者、人道支援の実務家などが協力し、被災社会との共生を実現する質の高い人道支援のあり方を提言します。
目的
地域研究者、国際協力研究者、人道支援の実務家などが共同で人道支援を評価することにより、(1)自然災害に対する人道支援は、住民の生活レベルに見あったものであったか、(2)紛争地域に対する人道支援は、紛争の根本的要因や住民の主体性にもとづいたものであったか、を検証します。それらの検証結果を踏まえ、(3)地域住民の視点を評価軸に取り入れる評価方法(「市民参加型学際的評価方法」)を開発します。同時に(4)人道支援を通じて収集される情報を蓄積し、共有するデータベースを構築します。地域研究者、国際協力研究者、実務家に加え、メディアなどの協力をうけ、(5)実証研究にもとづく、実現可能な社会提言を行います。日本からの人道支援は、被災社会とどのような「協働」を行っているのか、という実態を理解したうえで、共生を実現する質の高い人道支援に資することを目的とします。
方法
目的を達成するために、次のような方法で研究を進めています。
(1)人道支援の学際的研究―自然災害
スマトラ沖地震津波(インドネシア)に対する人道支援の調査(2008年度予定)
パキスタン北西部地震に対する人道支援の検証(2009年度予定)
(2)人道支援の学際的研究―紛争地域
東ティモール復興開発支援の調査(2007年度実施)
(3)「市民参加型学際的評価方法」の開発
(1)(2)の検証結果を踏まえ、国際協力学、地域研究、人道支援の役割を明確にしつつ、地域住民の視点を評価軸のなかに取り入れた「市民参加型学際的評価方法」を開発します。すでに、開発された方法論は、5つのステップから構成されます。
①Team Building:フィールド経験をもつ多分野にわたる研究者からチームを構成
②Evaluation Plan /Strategy:チーム全員による討議で研究の基本方針を決定
③Field Visiting:チーム全員が同一行程で行うインタビュー調査
④Study Design:研究方法とアンケート調査の最終版を確定
⑤Mixed Method:量的調査と質的調査の組み合わせ
(4)データベースの構築による人道支援活動の蓄積と共有化
人道支援団体の支援活動の記録を蓄積し、共有化するデータベースを構築します。人道支援団体は、貴重な支援活動をしているのにもかかわらず、それらを体系的に蓄積し、共有化する仕組みを備えていません。そこで、プロジェクト活動記録を体系的に整理・分類する方法を開発し、データベースを構築することによって、その知見が広く研究者や一般市民に共有される仕組みをつくります。こうした実践知の構築は、新しい地域理解の手助けにもなります。
(5)「共生型」人道支援のあり方に関する実現可能な社会提言
地域研究アプローチと国際協力学アプローチによる人道支援の検証成果を踏まえ、被災社会との共生を可能にする人道支援のあり方について、具体的かつ実現可能な社会提言を行います。
特徴
(1)多彩なバックグラウンドをもつ研究者・実務家
地域研究者、国際協力研究者、実務家、メディアなどからなる多彩なメンバー構成が本研究プロジェクトのもっとも特徴的な点です。専門・関心の異なるメンバーが即時・即地的に意見交換を行う共同調査を組織することによって、支援活動を多層的・多相的に検証します。
メンバー 合計 30名
大学 10名
NGO 12名
国際機関(UNHCR, ユニセフなど) 5名
メディア 3名
(2)被災社会の住民の視点を重視する研究
被災社会と良好な関係を取り結び、共生を可能にする人道支援を実施するためには、住民の生活世界にもとづいた支援を実施することが大切です。すなわち、地域研究により蓄積された地域の内在的理解を支援に取り入れることが求められています。しかし、これまでの人道支援は、支援投入内容や活動実績に関する評価が中心であり、被災した地域社会や住民の視点からの評価は、ほとんど実施されてきませんでした。今、必要とされているのは、地域研究者、国際協力研究者、NGOや国際機関などの実務家が共同で人道支援を評価し、教訓を導き出し、被災社会や人びとの視点に立脚した国際協力のあり方や評価軸を生みだすことです。人道支援を学術的側面から支えるシステム構築が求められています。
期待される成果
(1)支援の「担い手」と「受け手」間の相互理解および誤解の解明
・「失敗例(lessons learned projects)」からの学び
(2)「市民参加型学際的評価方法」の開発
・地域の論理のなかで人道支援を検証する
(3)地域研究者、国際協力研究者、人道支援の実務家のネットワーク形成
・異分野間の人材と知識の交流によるシナジー効果により、人道支援の質向上をめざす
(4)人道支援を学術的側面から支えるシステムの構築
・人道支援の活動実績に関する情報の蓄積と共有化
・実践知の構築による新しい地域理解の形成
(5)「共生型」人道支援のあり方に関する実現可能な社会提言
・共感をもって受け入れられるような人道支援のあり方を提言